連載 小売業とM&A 第7回:ドラッグストアにおけるM&A活用の方向性
国内のドラッグストア業界は、ほかの小売業態と比べて右肩上がりの成長を続けている。経済産業省「商業動態統計」によると、2024年の商品販売額は8兆9199億円で、14〜24年の年平均成長率(CAGR)は約6.1%。店舗数は24年時点で1万9664店舗、同期間の年平均成長率は約3.4%となった。一方で、出店エリアの飽和感や異業種からの参入が進み、今後は従来のような成長を維持するのが難しくなる見通しだ。本稿では、ドラッグストア各社に求められる今後の戦略方向性と、その中でのM&A活用の在り方を考察していく。
1.国内ドラッグストア業界のこれまでの変遷
①消費者の生活スタイル変化とドラッグストアの拡大
日本におけるドラッグストアは、1970年代以降に普及が本格化した。高度経済成長による生活水準の向上、都市部への人口集中による大量消費社会の到来とともに、消費者の生活スタイルが変化し、買い物における効率性や利便性が重視されるようになった。
このような時代背景の中で、既存の薬局は医薬品に加え日用品や雑貨を扱うようになり、ドラッグストアは生活密着型の店舗として定着した。1980年代にはセルフメディテーションの浸透や医薬分業の流れが進み、ドラッグストアはOTC(一般用医薬品)に注力するようになった。
その後、1990年代に入ると薬剤師不足が深刻化し、大手チェーンによる薬剤師獲得競争が激化した。しかし2006年に登録販売者制度が創設され、薬剤師がいなくてもOTC医薬品の販売が可能となったことで、ドラッグストアは今日の店舗拡大を実現してきた。
②M&Aによる規模拡大
ドラッグストア業界は、医薬品にとどまらず日用品や食品など幅広い商品を取り扱う業態であり、生活者の高頻度な来店が期待される。そのためリピーターの獲得が売上に直結し、地域内でのブランド認知度の向上が極めて重要となる。
認知度を高める手段として、企業はドミナント戦略を採用してきた。特定エリアに多数の店舗を集中的に展開することで、生活者の目に触れる機会を増やし、地域シェアの拡大とブランドの定着を図ってきた。合わせて、物流効率や人材配置の柔軟性など、規模の経済によるメリットも享受してきたわけだが、これはコンビニエンスストア業界でも同様に見られる戦略であり、ドラッグストア業界においても有効である。
こうした店舗拡大を加速するために採用された手段がM&Aである。自前出店に限らず、同業を買収するロールアップ型M&Aによって規模の拡大を目指してきた。具体的なM&Aとしては、以下5事例が挙げられるが、24年度ベースでウエルシアホールディングス(東京都:以下、ウエルシアHD)、ツルハホールディングス(北海道:以下、ツルハHD)、マツキヨココカラ&カンパニー(東京都)、コスモス薬品(福岡県)、スギホールディングス(愛知県:以下、スギHD)の売上上位5社の市場占有率は約6割に至っておりM&Aによる寡占化が進んでいると言える 。
① マツモトキヨシとココカラファインの経営統合(21年10月)
② ウエルシアHDによるコクミン(大阪府)の買収(22年6月)
③ スギHDによるI&Hの買収(25年3月)
④ サンドラッグによるキリン堂ホールディングス(大阪府)の持分取得(25年4月)
⑤ ツルハHDとウエルシアHDの経営統合(25年12月完了予定)
2.ドラッグストアに求められる今後の戦略方向性
地方では中堅規模の企業が残存していることや、PEファンドのポートフォリオにドラッグストアが存在することなどに鑑み、今後もロールアップ型のM&Aは進むことが想定されるが、現状の市場占有率を踏まえるとその動きは限定的と言える。そのため、M&Aの活用には新たな切り口が求められるが、その前提となるドラッグストアに求められる今後の戦略方向性としては、次の4点が考えられる。
①ドラッグと親和性の高いコンテンツの強化
ドラッグストア業界は医薬品に限定せず、親和性の高いコンテンツを展開することで市場を拡大してきた。とくに代表的なケースはフード&ドラッグモデルであり、医薬品と食品など生活に不可欠な機能をワンストップで提供することで、消費者の時間価値を高めてきた。事実、経済産業省「商業動態統計」によると、ドラッグストア業界全体の売上に占める食品の構成比率は、14年から24年にかけて24%から33%に上昇している。このような複数機能をワンストップで提供することは、単なる利便性の向上にとどまらず、地域住民の生活インフラとしての価値を高めている。今後は、高品質かつ多様な食コンテンツを提供することで、時間価値を超えた新たな価値提供が求められてくるのではないか。
②ヘルスケア機能の深化
ワンストップ型ヘルスケアサービスの展開による事業領域の多角化も一つの方向性として考えられる。薬局や診療所、医療保険、PBM(薬剤給付管理)といった医療分野全般を一体化し、患者の利便性と医療コストの効率化を両立させていくのである。
日本においては、今後は調剤薬局事業といった事後のケアだけでなく、未病・予防といった観点での事業モデルが一層広がりを見せると言われている。経済産業省「新しい健康社会の実現」によれば、2020年時点で8.7兆円だった未病・予防市場は、50年までに37.9兆円まで拡大するとされているほか、30代以下の若年層の約6割が未病・予防を意識しているというデータも出ている(PwC「消費者調査2024」)。
初期的な動きとしては、トモズ(東京都)がサミット(東京都)と連携し店頭で健康診断を実施し、その結果をもとに管理栄養士が栄養指導や健康相談、商品・レシピ提案を行っている。また、スギHDでは、購買情報・相談履歴などのデジタルデータを活用したカウンセリング機能を強化するなどの動きが見られる。今後ウェルビーイング・ヘルスケア領域のさらなる強化は競争力を左右する鍵になることが予想される。
③データ活用による新たな事業領域の確立
構築した顧客接点やインフラ・データを活用し、消費者向けビジネスから法人向けビジネスへと事業領域を広げることも考えられる。消費者の購買履歴や属性情報を活用した店舗/アプリ/Webを通じたパーソナライズ広告や、データ提供・示唆導出による広告主に対する商品開発コンサルティングサービスなど、デジタルを活用した法人向けサービスへの展開である。本取り組みを推進することで、既存の物販ビジネスを維持・強化しつつ、そこで培った強みを活かして事業領域を広げていくことが可能となる。
④海外展開の加速
国内市場の伸び悩みは明白であり、海外進出は業界を問わず企業にとって避けられない命題となっている。ドラッグストア業界も例外ではなく、将来的な成長を見据えた海外展開の重要性は高まっている。海外展開は、国内市場の成熟に対する打ち手であると同時に、ブランドの国際的な競争力を高める場でもある。とくに東南アジア諸国では、経済成長とともに高齢化も進んでいることで健康への関心が高まり、それに伴いドラッグストア業界は伸長していることから、注力すべきターゲットエリアとなる。
3.M&A活用の方向性-
前章の戦略方向性に基づき、今後のM&Aの方向性としては以下4点が挙げられる。
①食コンテンツの取り込み
一概に食と言っても、生鮮から加工食品、冷凍食品まで多くのカテゴリーがある。その中で今後差別化になり得るのが総菜である。
単身世帯・共働き世帯の増加に伴う即食・ニーズの高まりにより市場は拡大基調にあるが、今後は品質・健康価値といった新たな価値にも応えていくことで、キラーコンテンツになり得ると考えられる。
クスリのアオキホールディングス(石川県:以下、アオキHD)は、15年以降、東北・四国・関東エリアを中心に伏見屋、三崎ストアー、ママイといった複数の食品スーパーを傘下に収めてきた。M&Aにより、食品スーパーのインフラや店舗オペレーションのノウハウに加えて総菜製造に関するケイパビリティを獲得し、これを基盤にプロセスセンターの設置強化を進めている。
このように食の中でも社会構造の変化に伴いニーズが高まっている総菜は重要なカテゴリーであり、そのケイパビリティ獲得に向けたM&Aは同様に増えていくことが予想される。
②医薬品販売を軸にした周辺サービスの拡充
ドラッグストアを軸に医療関連サービスを深化させるためには、健康管理、保険などのサービス拡充が必要になる。調剤という機能を持つドラッグストアから医療関連サービスへの展開は親和性が高く、消費者にとっても違和感なく受け入れられるだろう。
調剤や日用品の販売にとどまらないワンストップ型ヘルスケアサービスの事例としては米CVSヘルス(CVS Health Corporation)が挙げられる。同社は過去10年にわたり、医療保険会社エトナ(Aetna)の買収をはじめ、在宅・遠隔医療サービス企業や介護施設向け薬局サービス企業の買収・統合など、医療分野全般にわたるM&Aを積極的に展開してきた。その結果、医療系保険事業は中核収益源となるまでに成長し、25年時点で医療保険事業の売上は10兆円超に達している。
国内では未病・予防領域を軸に医療市場がさらに拡大する見通しである。一方で、ドラッグストア各社はこのケイパビリティを必ずしも保持していない。この前提に鑑みれば、米国同様のM&Aが生じてもなんら不思議ではない。
③アナリティクス・マーケティング機能の獲得
法人向けのパーソナライズ広告や商品開発コンサルティングを本格的に展開するには、単なるデータ分析技術だけでなく、リテールメディア運用やアプリ/Web広告の実装、さらにマーケティング戦略を設計・実行できるケイパビリティが不可欠となる。
米国では、CVSヘルスのメディア部門であるCMX(CVS Media Exchange)がその代表例である。20年の設立以降、店舗内広告に加えてアプリやWebでの広告配信を行い、購買・会員データを活用した企業向けマーケティング支援を収益化してきた。
一方、国内ではマツモトキヨシが購買履歴や属性データを活用した商品開発・販促を推進し、ウエルシアHDがデータ分析サービス「DB WATCH」によって店舗単位の品揃え最適化を図っている。しかし、これらはいずれも自社販促の域を出ておらず、データを“他企業の事業支援”に転化する仕組みまでは構築できていない。
今後、データビジネスで持続的な収益化を実現するためには、分析の精度向上にとどまらず、データを活用して他企業のマーケティング活動全体を支援できる体制が求められる。そのためには、テクノロジー企業との単純な連携やM&Aではなく、マーケティング戦略を含めた機能を一体で取り込むM&Aが不可欠である。
④海外同業の取り込み
海外展開を進めるうえでは、進出先の商習慣を正確に理解し、現地のニーズに即した商品開発やサプライチェーンを構築することが欠かせない。自社展開、あるいは現地企業とのジョイントベンチャー設立によって当該ケイパビリティを徐々に獲得していく方法もあるが、その蓋然性やスピード感は必ずしも十分とはいえない。
事実、10年以降に始まった国内ドラッグストア各社の海外展開は、現地企業とのJVによる参入が中心であり、25年時点でもマツモトキヨシが5カ国79店舗、ツルハHDが2カ国25店舗、ウエルシアHDが1カ国12店舗と、その広がりは限定的である。
海外に目を向けてみると、ウォルグリーン(Walgreens)とブーツ(Boots)の統合により誕生した米国のウォルグリーン・ブーツ・アライアンス(Walgreens Boots Alliance)は、現在8カ国で直営展開するほか、約20の国のヘルスケア関連企業(ドラッグストア、化粧品開発企業)に投資している。継続的なM&Aで事業基盤を広げるこの戦略は、今後海外での事業拡大を図る国内企業にとって有効なモデルといえる。
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直近の市場動向を踏まえると、国内のドラッグストア業界は右肩上がりの成長を続けている。しかし、長期的な視点で見れば決して安泰とはいえず、今後の構造変化に備えた戦略的な布石が不可欠である。市場が堅調で前向きな投資が可能な今だからこそ、M&Aを活用した次の一手を講じるべきタイミングではないだろうか。