間違いだらけのアパレルDX改革、根本から変えるべき「KPIの設計哲学」

アパレル企業のDXにおける最大の課題は、組織が「誰が何を指標に動くべきか」を共有できていないことである。多くの企業は、MD、店舗、EC、生産がそれぞれ別のKPIで動き、自部門の最適化を優先する。その結果、全社視点で見れば在庫は寝かされ、売れ筋は逃し、不要な値引きが増える。DXとはシステムの刷新ではなく、この「KPIの設計哲学」を根本から変えることなのだ。

recep-bg/iStock

組織を「予測型」から「応答型」へ

 従来のアパレルは、「シーズン前に正しく予測する」ことを前提にしていた。ゆえに、MDのKPIは“的中率”や“売上計画達成率”が中心で、店舗は“売上”、ECは“成長率”、生産は“納期遵守”を重視していた。

 しかしこれは、需要が予測できた時代の構造である。現在は、顧客の嗜好が高速で変わり、販売チャネルが複数に分岐し、SNSが需要の立ち上がりを決定する。予測精度を高めるより、「変化に応答する設計」が収益を決めることは、以前ご説明したとおりだ。

 したがって、KPIは「在庫回転率」「初動売れ行き速度」「追加生産のリードタイム短縮」「値引率コントロール」など、“循環速度”に直結する指標に統一するのも基本中の基本だ。今更ながらではあるが。

日次で動く“需要反応サイクル

 改革の中心は、需要反応チーム(Demand Response Group / DRG)である。これは本社のMD部門内に設置し、MDの上位権限を持つ。ここが、ブランド全体の在庫配分・追加生産・補充を日次で決裁する。

 毎日やることは以下の3つだけだ。

1. SKUごとの販売速度(Velocity)ランキングを更新
・指標:単日販売数 ÷ 店舗導入数
・これにより、単純な売上ではなく「勢い」が見える。

2. 順位上位のSKUに対して横持ち補充指令を発行
・店舗⇄EC間で在庫を動かす
・店舗の声ではなく「速度」で判断する

3. トップ20〜30SKUの追加生産判断を即日決裁
・生産は30〜40%を後追い枠に
・判断は週次ではなく日次
・原価交渉はシーズン冒頭に原則レートを固定しておく

DXは、未来を予測する技術にあらず

 では、KPIが組織行動をどう変えるのか。

従来:
• 店舗「売れないのは商品が悪い」
• MD「予測は当たっていたが販売が弱かった」
• EC「ECの在庫が足りないので仕方ない」
• 生産「追加は無理、リードタイムが…」
結果:誰も責任を取らず、値引きが増える。

DX後:
• 店舗は「顧客反応を最速で届ける役割」として評価される
• MDは「当てる人」から「回す人」へシフト
• ECは「在庫を食い合う競争相手」ではなく「全体最適の在庫運用装置」として統合
• 生産は「短サイクル設計」を前提にサプライチェーンを再構成する

 短サイクル化への対応は、今まで散々論じてきたので、ご興味のある方は過去の論考を参考にしていただきたい。評価制度も「売上」ではなく、「回転率」「粗利率」「値引率の抑制」へ連動させるのがよい。

 KPI設計が変われば、会議体も変わる。意思決定は“報告会”ではなく“即断の場”に再定義される。

 DXとは、システム導入ではなく、組織がどの指標に従って動くかの再設計である。ここを分からずに、目的も不明瞭なままデジタル化を優先し、導入成功が事業改革やのスタートにもかかわらず、なぜか、それがゴールになり、販管費が山のように膨らんでゆく。企業が問うべきは、次の一文に尽きる。

 「われわれのKPIは、顧客需要の変化速度と同期しているか」

 同期できていない企業は、在庫を抱え、値引きを増やし、確実に衰退する。同期できた企業は、売れ筋を大きく回し、在庫を利益に変換する。DXとは、未来を予測する技術ではない。未来に対して速く動ける組織をつくる技術である。

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