ワコールを追い詰めた「三つの革命」
延べ1000人を超える希望退職など相次ぐリストラや固定資産売却益で出血には一応の歯止めをかけたものの、コロナ明け以降のワコールの業績悪化は急激で、遡ってみれば2016年3月期をピークにジリジリと業績が落ちて行ったことがわかる。ピーチ・ジョンの二の舞かと危ぶまれた海外事業の買収失敗もあったが、業績悪化の根本要因は主力の国内市場における三つの「革命」の急進にあった。
文=小島健輔(小島ファッションマーケッティング代表)

業績の落ち込みが止まらないワコール
2026年3月期中間期(4〜9月)こそ、リストラ効果や固定資産売却益もあって国内ワコール事業の営業利益が見かけ上は186億3200万円と前中間期から119.3%も増加した。だが、固定資産売却益が大半であって事業利益は6億8400万円に過ぎない。連結営業利益も215億4100万円と前中間期から86.5%も増加したが、同様に事業利益は30億4500万円に過ぎない。国内ワコール事業の売上収益は1.8%減、連結売上収益も2.9%減と前期よりは落ち込み幅が縮まったものの、売上の低下も止まっていない。
直近本決算の2025年3月期は、売上収益が1738億9600万円と前期から7.1%、ピークだった2016年3月期の2029億1700万円からは14.3%減少した。営業利益は前々期の34億9000万円の損失、前期の95億300万円の損失からは脱却したものの33億2800万円と、16年3月期の138億6500万円の4分の1(24.0%)に落ち込んでいる(営業利益のピークは1984年の141億700万円)。
国内ワコール事業の売上も878億2800万円と前期から6.8%、ピークだった2016年3月期の1205億7000万円からは27.2%減少した。固定資産売却益に押し上げられた営業利益は29億7000万円と、2016年3月期の88億1000万円の3分の1に踏みとどまったが、実態を表す事業利益は47億7700万円の損失に落ち込んでいる。
二段階で奪われたワコールのシェア
マーケットでの主導権を失って売上の減少が止まらず、資産売却で利益を補填する「ミノムシ装飾」が常態化しているワコールだが、主力とする国内ワコール事業は二段階で落ち込んでいった。
低価格アパレルチェーンの機能下着に価格負けしてシェアを落としたのが「第一段階」で、ユニクロが2003年に発売した「ワイヤレスブラ」、08年に発売した「ブラトップ」(こちらは第二段階の先鋒だった)が契機といわれる。以降、消費者は手軽なアパレルチェーンの機能下着に流れ、ユーロモニターに拠れば2020年段階で女性下着のシェアはユニクロが22%を占めてワコールは20%と2位に落ち、しまむらも14%を占めるに至っていた。
それでもワコールはセール依存と海外事業の拡大や買収で事業規模を保ったが、2017年3月期以降は主力とする国内ワコール事業の売上が減少して連結売上も伸び悩み、2019年10月の消費税増税に続くコロナで大きく落ち込んだ。国内ワコール事業の売上はコロナ明けの回復も鈍く、2025年3月期も2020年3月期の82.8%、2016年3月期の72.8%にとどまる。その要因と考えられるのが近年の夏場の亜熱帯化で、アパレルチェーン各社が競って下着機能を兼ねた(下着を不要とする)トップスや機能下着を拡大し、ワコールのシェアをさらに奪っていったのが「第二段階」だったのではないか。

それを推察させるのが、国内ユニクロとジーユーの合計売上と国内ワコールとピーチ・ジョンの合計売上の2023年から2025年にかけての明暗だ。前者がこの間に14.4%伸びたのに対し、後者は14.6%減少している(図表参照)。増減はほぼ同率だが、前者の増加額が1711億6400万円だったのに対し、後者の減少額は158億2600万円と1ケタ小さく、すでに掃討戦の様相を呈している。
夏場の急激な亜熱帯化で「ブラトップ」など下着に代わるトップスや機能下着が拡大し、ワコールとピーチ・ジョンの売上を奪った構図が見えるが、それはアパレル市場(下着も含む)とインナーウェア市場の全体でも言えることだ。矢野経済研究所に拠れば、アパレル市場が2023年、2024年と2021年のコロナの落ち込みから13%ほど回復したのに対し(それでもコロナ前2019年比は93.7%にとどまる)、インナーウェア市場は21年からさらに1.1%落ち込んで回復しておらず(2019年比は90.6%にとどまる)、アパレル市場に対するインナーウエア市場のシェアも2021年の9.78%から2024年は9.04%に落ちている。
夏場の亜熱帯化と真夏日の長期化は今年、さらに進んだから、下着機能を代替するトップスや機能下着は一段と拡大し、インナーウェア事業者のシェアを奪ったに違いない。ワコールの苦悩は深まらざるを得ないのが現実だ。
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